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走る走る走る! 2
- 2008/05/10(Sat) -
朝、7時すぎから走り出し、途中何度も道を間違えながらも、

11時半ごろには九十九里浜の北今泉海水浴場に到着。



_0023.jpg


九十九里道路の白里IC付近まで、ゆっくりと砂浜を歩き、12時ごろ、再び出発。


帰りは大網街道を使い、千葉へ向かいました。


大網から土気の間は、急登で路肩も無く、しかも道路幅も狭くなり、

私を追い抜く車は、どうしても反対車線に入らなければいけません。

だから対向車が来ていると、私の後方にはプチ渋滞ができてしまいます。

いつ車の窓が開いて、「こんな所、走るな〜!」と怒鳴られても不思議はないんです。

怖いやらはずかしいやらで、もう必死の全速力です。(笑)

あの区間は人が歩いたり走ったりしちゃいけない区間ですね。(笑)


この後からは、脚にダメージが出て、急激にペースダウンし、

鎌取駅手前でギブアップでした。


とまあ、こんな感じのマラニック(マラソンとピクニック)の様になってしまい、

これはこれで、楽しかったのですが、

走りに集中する事はできませんでした。


考えてみれば、いきなり思いついての、初チャレンジですから、

次回はもう少し考えてコースを選定しようと思います。


今回はあまり達成感もなく、約60キロを走ったという感動もなく、

ふくらはぎの筋肉痛だけが、翌日まで余韻を残してくれたのでした。


こうゆう時もありますよねぇ・・・ハハッ
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走る走る走る! 1
- 2008/05/09(Fri) -
ここ数年、

花粉症が本格化する3月からはもう、走る頻度も距離も減っていき、

秋風が吹くまでは、

ごくごくたまにジョグするだけなのですが、

めずらしく今年は走りたい意欲が衰えません。


そこで、暑くなる前に、とにかく長い距離を走ろうと、

5月5日に、自宅から九十九里浜往復の約70キロを走ってみる事にしました。


常々、このブログでも書いている様に、

筋力や心肺機能を鍛えて、強い負荷に耐えられる様にするのでなく、
      ↑
    ここ大事 !          
      ↓
できる限り鍛えないで、

無駄の無い合理的な、

そして、

負荷を負荷としない、

身のこなしで動きたいわけです。


なので、この長距離走も、つらいのをがんばって耐えるようではだめ。

自らの力でからだを動かすのでなく、

地面からの反力を使って、からだを操る。


そのためには、どれだけ集中できるか?

からだのうごきの細部まで感じる事ができるかにかかっています。


そんな身のこなしは、私にとっては高度な技。

そうそう身につくとは思っていませんが、少しでも近づきたい! 近づけるだろうか?


うーーーっ、 ワクワク!!  (笑)



                                つづく
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仲間
- 2008/04/22(Tue) -
高校時代、

何の遠慮も無く言いたい事を言い合った仲間がいた。


私はづけづけと言うタイプだったから、よく怒らせた。

中にはカーっとして、思わず手が飛んで来たりした事もあった。

(私は思いっきりぐーで飛んできた鉄拳を反射的に手のひらでぱしーんっと受け止めた事がある)


酒を飲んで、語り合ったり、ののしりあったり、

(いくら大らかな時代だったと言っても、高校生がおおっぴらに酒は飲めないから、それなりに気は使ったね。
だけど、世間も今ほど過敏に大騒ぎをせず、見守る雰囲気があった様に思う。)


いい思い出だ。


しかしこれは、最近のいじめとは別次元のもの。


確認した訳でなく、

お互いにどこかで信頼しあっている実感があったからこそできた行動だ。


そんな事をしているうちに、

相手を理解し、

自分とは違うと解っても、

自分とは違うその感性や行動を、よしとする。



お前だからしょうがねぇ。



そして、またいつでも親友として、付き合える。


そんな経験が人類に対しての深い理解へつながって行くよ。

そこまで行かなくても、その方向に間違いはない。


あれはいけない、これはいけないの社会から、

または、匿名でもの申し、それを大きな影響力として取り上げる様な社会から、

人類愛の方向に意識は育つのか?




よーく考えてみろ!!
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(たまには) 羽目を外して書いてみた。
- 2008/04/18(Fri) -
   (この記事は、時間の経過により、一部の表現を変えるかもしれません。)




栄養に気を遣った食生活をし、

日々、感謝を忘れずに、

明るく人と接し、思いやり、

いつも前向きに生きていく、

そんな、非の打ち所のない、立派な生きかたをしていても、

病気になったり、不幸に見舞われたりする。



そんなとき、

こんな素晴らしい健康法を実践すれば、健康になるだとか、

何々を飲食したら病気は治るとか、

おせっかいな情報が押し寄せる。

自分自身もそれを欲する。

忠告する側は、自分の経験などから、本気でアドバイスするのだけれど・・・

受ける方も、藁おもすがる状態であれば、つい信じてしまうのだけれど・・・





けれど、それらはすべて錯覚ですよ!




そして私の知る限り、

骨格矯正や骨盤のゆがみを正すと健康になるとか、痩せるとか、O脚が治るうんぬん・・・





それらも残念ながら、本当ではありません。




ゴットハンドと言われる名医や治療家も、




・・・・・・・・!?







素晴らしい物や、素晴らしい人や、素晴らしい神が、健康を与えてくれると思っている限り、

その健康は本物ではない。



けれど、それでもいいと思ってる人達の方が、ずっと多いんでしょう。



怪我をしないように、

病気にならないように、

犯罪に巻き込まれないように、等々、

いわゆる不幸に合わない為の動機から起こす行動では、強い生命力は湧き上がらない。


病気にならない為にこうするんではなく、

病気になっても、こう生きたいんだと、

自身のからだの奥深くから湧き上がる、熱い意欲で行動して行く時にこそ、

生き生きと新鮮な、強烈な生命力が体内に生まれる。




元気があれば何でもできる! ← だれかも言ってましたね ()




ただしその行動で、誰かの生命が脅かされるとしたら、それは本当のものではない。



こんなふうに、

私は思っています。




       注 1〜注 3は、必ずお読み下さい

注 1  ここに書いたすべての精神的状態を経験したのち、自分なりに理解を得て来たつもりです。

    現在の、極・個人的、気分的見解を書いたものです。

注 2   だからといって、不健康な食生活や非社会的生活でもいいのか?などと考える人は、論外です。

注 3   好意的、善意的に、そしてさらに深く理解して頂ける方のみ(できるだけ) ご来院下さい。()

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ことば
- 2008/04/04(Fri) -
私の人生、

特に青春時代には、

人や物、事に救われ続けて生きて来ました。


多くの救いに恵まれたと思っています。


その中でも、作家・丸山健二 の言葉には、

強烈な力で、

谷底に落ちようとしている精神を、引き上げてもらったと思っています。


お陰で、死なずにすんだ我が精神は、少しずつでも成長し、

次の様なことばに、強く共鳴する様になりました。



    個に徹する姿勢のなかにこそ真の自由が在る。

    この世における存在の基盤を支えてくれるのは、

    それ以外にあり得ない。絶対に。

    その真理に気づこうとしない者たちは、

    疎外感と必用悪の嵐に幾度となく巻き込まれ、

    心が満たされない不幸に沈淪しながら、

    ニホンオオカミのように絶滅の道を辿るだろう。


                  丸山 健二  「荒野の庭」 から




しばらく、丸山 健二の「ことば」シリーズにしようかな? 





荒野の庭
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