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覚醒 3
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2007/09/25(Tue)
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高校の1〜2年生の頃に、怪我や病気を次々にしました。
そのうち大きなものは、下の3つです。 夏の雪渓でスキートレーニング中、左手第一中手骨を骨折し、その後の経過が悪く手術。 冬、やはりスキートレーニング中、鼻骨及び上下の顎骨を骨折し入院。 風疹から脳炎になりかかり、長期入院。 他にもたくさんあり、五体満足な事はほぼ無かった時期でした。 冬の、鼻骨及び上下の顎骨を骨折した時は、強烈な脳震盪も起していて、2〜3日記憶がもどりませんでした。 このときはくびから下は無傷だったので、自分で歩くことができました。 印象深いのは、記憶が飛び、血を流しながら眺めた・・と言うより、目に入った風景の、美しい事といったらないんです。 薄曇りで小雪の舞う様な天気の日でしたが、空も山も雪も木々も、なんとも美しい光を放っていました。 幻想的で思わず感動して見入ってしまう程でした。 あぶない状態ですね(笑) さて、こんな時期を経て、自分の中に確信した感覚があります。 それは、怪我も病気も自分で招いているのだ。とゆう感覚です。 形になる前から、自分の中に意志のようなものが、すでにあるのだなあと実感したのです。 そうしたら、その意志のようなものが、怪我や病気にはならないぞ!と決めれば、いいんじゃないかと・・・ 私はその時、そう決めたのです。 それからはぴたりと無くなり、ようやく五体満足な健康的な高校生活に戻る事ができました。(風邪くらいはひきますよ) こういった事は、普通は意識上には上ぼらないで、意識下での、命の営みなのだと思います。 命の危機的な状況を赤ちゃんの頃から何度か体験した事で、無意識がちょっとだけ意識上に上ぼったのでしょう。 この高校時代がまたひとつの、大きな覚醒を得た時でした。 目にみえないもの、いえ、五感でとらえる事のできない物や事のなかにこそ、真実はあるのでしょう。 そこへのベクトルを外さずに残りの人生を歩みたいものです。 注) この地球も宇宙も生命も、人間には意識できない、解らない事ばかりです。 解っている事のあまりに少ない事に対する自覚、 解らない事への謙虚さ。 そんな解るはずのない事へ、洞察という形で想いを馳せる。 そんな事の大切さを書いたつもりです。 よろしく。 |