目指しているもの
2008/01/21(Mon)
私が整体で、目指しているのは、元気のでる身体です。

より、生命力が湧き上がる身体へのお手伝いです。


少しくらい無茶しても、

その結果、具合が悪くなっても、

速やかに回復して行く元気がある身体です。

病気も怪我も、心の傷さえも、治せるのは、

自分の身体の元気だけです。

いくら体にいいものを食べたって、

どんなに高価な薬を飲んだって、

その体に元気が無ければ治らないのです。



今、身体に元気があるかどうかを、

私は、呼吸で判断しています。

詳しく説明はしませんが、(企業秘密ですから)

身体の隅々にまで、呼吸の行き渡る状態を善しとします。



その際、重要なのが、その身体の感受性。

何の感受性かと言うと、

感動を見いだす感受性です。

ことばを変えると、

最良の快を見つける(突き詰めようとする)能力。

とも言えるのではないかと思います。



我々が生きて行く為の営みには、必ず快感が伴ないます。

呼吸も飲食も睡眠も思考も運動も。

だからこそ、また生きたい。もっと生きようとするんですね。

この時の快感が強く深く大きく、上質で感動的ならば、

より一層生きたい!と思うのは当然ですよね。


この時に生命力は湧き上がると考えています。


けれど、人生、快感ばかりではありません。

自分の好きな様に、生きたい様にばかりいかないのがまた、人生。


その時にこそ、快感を見つけだし味わえる能力が重要になってきます。

不自由な中にも、探せば感動はあるものですよね。

楽しい事にだけ感動があるわけではありません。

喜怒哀楽、それぞれに感動はあるはずだし、

どれかに片寄っても、感動は薄まっていくと思います。

不快な事もたっぷりとある世の中で、

自分にとっての快=感動を探り、見いだし、味わって行きたいものです。
この記事のURL | からだ | ▲ top
不自由の中の自由に
2008/01/18(Fri)
私たちは、

いや地球上の生命は、極限の不自由の中に生まれ落ちる。



不自由だからこそ、自由を求め続ける。



その同じ仲間に、



そのごく、極わずかな自由を、



さらにまた、



つぶしあう様な事が無い様に。





生き方の自由を、




じゃましない様に。







この記事のURL | 日記 | ▲ top
マラソンて何?
2008/01/08(Tue)
お正月のお休みを利用して、

東京マラソンに向けて、30キロ走を行ないました。

お酒とおせちの食べ過ぎで、あまりコンディションは良くなかったのですが、

行けるとこまで行こうと思い、走り始めました。


いざ走ってみると、やはりどんどんと体力を消耗して行くのが判ります。

20キロ位走ると、思考も、単純化して来ます。

けれど、それがいいんですね。


余計な大脳の働きが抑えられて、体感する事が最優先され、

大脳は、それに沿った働きをする様になります。

そして、走る事に意識が集中し、内蔵の状態も解る様な感じがしてきます。


走っている自分の骸骨が見え(感じられ)、どこに無駄な動きをしているかが、よく解ります。

そして、このまま永遠に走っていたい様な陶酔の世界に突入していきます。


マラソンを苦しく辛いものだと、堅く思っている方々には信じられないでしょうが、

( ここで言うマラソンとは、テレビで見る、マラソン選手が、記録や勝負の為に走る様なマラソンではなく、からだを動かす楽しさを味わい、健康増進の為のマラソンです。 )

苦しいペースで走らない事を覚えると、だれでも簡単に「ランナーズハイ」の世界に入れます。


消耗した体力で走り続ける為には、必要最小限の動きだけで進もうとします。

自然と余計な動きはどんどんと削ぎ落とされて行きます。


この状態はとても集中力の高まった状態で、少し前に流行った

「ゾーン」=「極度の集中状態」の入口ですね。

また、瞑想の入口と言ってもいいんでしょう。


どうです、

マラソン ・・・ してみたくなりましたか? (笑)
この記事のURL | マラソン | ▲ top
| メイン |